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兄の伏線

暇なのでブログを更新。

一日中、部屋でゴロゴロしたり、公園でゴロゴロしたり。
・・・毎日充実しています。

今朝、デリー行きつけのカフェというか屋台に行くと、
誰が置いて行ったのか日本の情報誌「hanako」を発見。

しかも「KAYA」の記事が載っていました!
なんか凄く嬉しかった。

兄と義姉が近々のインド進出をもくろんでいるという、
明らかな伏線であろう。

海外で目にする身内の活躍に、非常に励まされると供に、
若干のプレッシャーを感じました。

「いったい自分は何をしているんだ。」

今までも一貫して覚えていたこの疑問を、
改めて突きつけられたような・・・。

今まで何かと理由を付けて、避けて通っていたのは事実。
僕にとっては考えるのも億劫で、非常に難解な問題だが、
そろそろ真正面に捉えて歩いて行かなくては。

だいぶ長居してしまったが、アジアの旅ももうすぐ終わる。
ヨーロッパ、中東、南米、ユーラシア・・・世界は広がる。

アジアで見つけた自分は、
豊かな国に生まれ、豊かな環境に育った、
強欲で贅沢で貧弱なお坊ちゃんだった・・・。

それだけで十分なはずなのに、好奇心はまるで尽きない。

もし許されるならば、今しばらく新たな地を歩いて行きたい。
そしてもう少し、知らなかった自分に出会いたい。

それが今の、贅沢で強欲で正直な願いである。

そして心から、
「KAYA」のアジア進出がうまく行くことを願います。
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マフィア爆発豚野郎

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ポカラでダラダラと疲れを癒しているうちに。
正確には、近くの日本食屋に置いてあった漫画2タイトル、
「ドラゴンヘッド」と「流れ星銀河」を読破しているうちに。
国境付近の暴動も治まったようなので、いっきに移動。

ポカラ~スノウリ国境(8時間バス)
スノウリ国境~デリー(28時間バス)

国境付近では、やはりまだ両国ピリピリとしたご様子でした。

インド側国境でインドマフィアを名乗る3人組に絡まれる。
がっちり体系で「サービスチャージだ、10ドル出せ」と言う。
マジ怖かったけど彼らにサービスを受けた覚えは無いので、
丁重にお断りすること20分。
人が集まってきたので、何とか逃がして貰う。

そのあと長々とケツが割れんばかりにバスに揺られ、
「デリーのどこだよ!?」って感じの所で降ろされる。

ガイドブックもネパールで日本に送ってしまったので、
人に聞きまくって市バスみたいのに乗ってみたり、
カンを頼りに歩き回ってみたりしながら、
夜遅くになってしまったが、何とか目当ての宿に到着。

デリーは発展途上ではあるが都会である。
高層ビルもいくつか有り、渋谷や原宿並に人が多い。

取り合えず一日寝て、次の日ルート変更の為「JAL」に行く。
さすがはJALさん!!
日本語は通用しないものの、迅速かつ親切丁寧な対応!!
良くぞインドでこれほどの人材を集めたと思うほど、
日本が世界に誇れる会社だ。

南米のルートを大幅に変更した。
「ペルー→ボリビア→チリ→アルゼンチン」と陸路でアンデス越え。
最後にイースター島に飛ぶことにしました。
陸路での南米横断。
非常に大変そうだけど、これで後には引けなくなりました。

お昼をだいぶ回っていたので、何か食べようと思いJALを後に。
歩いていると前方で30センチ角くらいの正方形の、
アルミケースの様な箱が炎上していた。

何か嫌な予感がした・・・

が、そのまま直進し真横を通り過ぎようとした、
その時いきなり大爆音が響き、体が熱風に包まれた。
気が付くと地面に伏せていて、一瞬何が起きたのか解らなかった。

一拍おいて爆発したのだと気付き、一気に怖くなった。
すぐ隣で箱の下半分だけが、まだくすぶっていた。

すぐに人が集まって来て心配してくれたが、
僕は何とか無傷で、左側の髪の毛の先が少し焦げたくらいだった。

テロとかではなく、ただ火の不始末だったようなので、
平然を装っていたが、その日は一日中冷や汗が止まらなかった。

シャワー(水)に入り何とか心を落ちつけたが、
幼少期に体験していたら確実にトラウマになっていただろう。
危なかった・・・。

そして翌日フライトの予約をした、4月7日ヴェネチアに飛ぶ。
いよいよ豚がヨーロッパに進出し、イベリコ豚野郎になる時が来た。

それまでだいぶ時間があって、とても暇なので。心新たに。
「よし!!ダラダラしよう!!」
と決心する豚野郎でした。

覚れずじまい

ガンジス河を後にし、仏教最重要聖地「ブッタ・ガヤー」に。

聖地としての重みは感じるが、ほのぼのとしたのどかな村だ。
なんとなくカンボジアに似た雰囲気がある。

~ブッタについて~
 約2500年前、シャーキャ族の王子として生まれたシッダールタは、
人生の苦悩を痛感し、解脱への道を求めて世俗の生活を捨て去り、
厳しい苦行を続ける。
しかしなお解答は得られず、やがてウルヴェーラ(現ブッタガヤー)の
大きな菩提樹の下で深い瞑想に入った。時を忘れた瞑想のさなか、
長く暗い夜がまさに明けようとしていたときに、
澄み切った覚りがその人の心を訪れたのである。

 ここに世界の謎は解け、宇宙はその真の意味を開示した。
人間がなぜ存在するのか、またどう生きればよいのかという
疑問に対する答えなど、透き通った水の中にあるようにはっきりと、
その人には見えたことだろう。こうしてブッタ(覚者)となり、
静かな歓喜に包まれるその人を見守るのは、
もの言わぬ大樹と未明の空に輝く明けの明星だけであった。
~地球の歩き方より~

ブッタが覚りを得た地に立つマハーボディー寺院には、
2500年の時を越えて世界各国から今なお多くの巡礼者が訪れる。

僕も彼らに習って、印度山日本寺という日本のお寺に通い、
毎日一時間の座禅瞑想をしていたが、やはり覚りは訪れず・・・。

人間がなぜ存在するのか、またどう生きればよいのかという
疑問に対する答えなど、コンクリートで固めた箱の中にあるように、
ぼんやりとすら見ることが出来ないでいる。

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結局何も覚れないままブッタガヤーを後にし、
今は紅茶とトイトレインで有名な「ダージリン」に来ている。

ここは他とは別格だ。もはやインドではないような気さえする。

まず標高2140Mという高地のため、非常に寒い。
日本の冬に似ている。

そしてチベット系とネパール系の人が多いので、顔が違う。
日本人に似た顔つきのインド人が多い。

顔が似ているだけでこれほど安心するとは思わなかった。
やっぱ薄い顔は見てて疲れないから好き。

今朝は早起き(4時起き)して世界最高峰エベレストを含む、
ヒマラヤ山脈の日の出を見に行ったんですが、
天候に恵まれず、その雄大な姿は一切見えず・・・。

「そんな時もあるよ」と自分を慰めた。

ヒマラヤ関係ねー写真
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ガンジス河で平泳ぎ

アーグラーから夜行列車で15時間。
ヒンドゥー教最大の聖地「バナーラス」

ヒマラヤを源流とするガンガーに沿って84ものガートが連なる。
「ガンジス河でバタフライ」で長澤まさみが泳いだのもここだ。

人、犬、猫、鳥、牛、種は問わず。
生と死の「匂い」のような物を非常に色濃く感じる。


火葬場に座っている。
目の前でいくつもの遺体が燃やされていく。

ヒンドゥーの信仰によると、
「ガンガーの水で沐浴すれば、全ての罪は清められ、ここで死に、
遺灰がガンガーに流されれば、輪廻からの解脱を得る。」

熱心な教徒にとっては、これ即ち最大の喜びである。
したがって火葬場に、死の暗さや悲しみは、あまり感じられない。
むしろ、静かな始まりのような。開けた空気が漂う。

とても静かな。

インド人に嘘つきが多いのは確かだ。度々出会う。
しかし、「生きる事」と「死ぬ事」
このシンプルな2つの核に関しては、ずば抜けて素直で正直。
そんな気がする。

包み隠さず生きる事をさらし、包み隠さず死ぬ事をさらす。
だから色んな人間がいて、その中には当然嘘つきもいる。

そんな人間臭さがジワジワと浸透して、僕はいつの間にか、
この国が好きになってしまったんだろう。


インド人に混じってガンガーで沐浴する。

この時期、朝はまだ結構冷え込む。
それでも毎朝、日の出とともに沐浴に来る人は多い。

ぬるっとした川底。 意外に暖かい水温。
差し込む真新しい日差し。
祈る人。 洗濯する人。 泣く子供。
吠える犬。 歩く牛。 飛ぶ鳥。

その全てを愛おしく思う。 暖かい。

久しぶりだった。
こんなに落ち着いた気持ちになったのは。
自分の中にまだ少しだけ残っていたものが、
久々に目を覚ましたような。
とても清々しい気持ちだった。

とても綺麗とは呼べない河の中で、そんな事を思うのは、
やはりこの河が、母なるガンガーだからなのだろうか。

ガンガーとガート
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風呂と洗濯
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ガンガーと朝日
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ガンガーと俺
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写真中央下の肩から上が俺

美しき墓

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ジャイサルメールからヒンドゥー教の聖地「プシュカル」に移動。

湖と山しかない小さな町だが、のんびりと過ごし易い所だ。
砂漠から帰って体調を崩していた事もあり、
インドらしくない静かなこの町で4日ほど休息を取った。

山頂から見るプシュカルの町
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セキと鼻水を残し体調は回復しつつあるので、
プシュカルを後にし「アーグラー」にやって来た。

ここは言わずと知れたタージマハルの町だ。
宿の屋上からも確認できるその大きさにまず驚かされる。

早速、750Rsという超高額な入場券を手に見学に。

正門をくぐる暗闇から、純白なその姿を正面に見る。
・・・世界で最も美しい墓。

完璧で病的なまでにシンメトリーな姿にため息が出る。
長い正面通路を近づいていくと、
総大理石で出来たこの墓の巨大さに改めて驚く。

間近に見ても細部にわたって繊細で、今なお完璧な状態だ。
当時、王の権力と富は莫大なものだったのだろう。

そして妻の墓として作られたこの巨大な建築物には、
やはりどこか寂しく悲しげな美しさを感じた。

そんな事を思いながら一時間程ぼんやり見上げていたが、
首が痛くなって来たので、しんみりした気持ちで宿に戻った。

「死」と言う物が寛大に感じられるインドでも、
愛する者の死は、やはり相当な悲しみと痛みを伴うのだろう。

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明日の夜行列車で母なる聖河「ガンジス」へ・・・・
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